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笙野 頼子
三月六日、日本文芸家協会評議員委員会に出席してきました。たまにオンラインで出るのですが最近は年のせいでマイクを通した声が聞こえにくく、大事な用だとリアル出席するしかありません。悪性リウマチの体で杖をついて東京メトロの階段を登るのはなかなか大変です。
委員会の内容はここには書けません。これは最初からの規則、けして秘密主義というわけではなく、むしろ全員で自由に物を言うために必要な制限です。
当日は複数のテーマが議論されいくつかの決定がなされました。私は例のエッセイ二種類の他にネットから紙媒体、時には裁判の書類まで、この三年間陰謀論呼ばわりされた証拠を持参しました。発言の内容は言論の自由のために伏せておきます。とはいえ自分用の録音は取ってきましたので、いつかは作品その他に生かしたいと思います。
今回は理事長、副理事長、常任理事一名、評議員一名の計四名に質問を前もって提出しておきました。質問自体は会議の前に用意したものですので事務局の許可を得てここに公開します。
1協会ニュースp7にあった差別的な記事とは私の記事でしょうか
〇〇〇氏の記事があったとしても差別的で見直しを図るべき記事には私の記事が含まれますか?
2そもそも具体的にはどの記事が差別的なのか題名をおっしゃってください。
3小説家五十一名のlgbtq+声明には私の名前は出てきませんし協会員以外の方が随分含まれています。
にもかかわらず差別的な記事の見直しに使われている根拠は何ですか。
しかしどのような応答をしたのかはやはり言えません。
そう言えば会議の前はひさしぶりに評議員のE・Kさんとお話しました。私の近況を何もご存じではなく、驚いておられました。
で、……。
会が無事に終わって皆さんに挨拶し、退出しようとした時、少し不安になる事が起こりました。追いかけて来た二人の人間に退路を塞がれて、このままだと望まない動作を強いられる事になると。
なんとか追い払った直後、理事長が後を追ってきて下さってほっとしました。彼女は、「難病とは知りませんでした。今日はどうか気を付けてお帰り下さい、……論争になって良かったです」と。
結局建物の出口まで著作権部の方が私に付き添ってくれる事になってしまって、というと「なんという事もない日常風景」ですが、……。
実はひとつ、この会議の内容と「まったく関係のない話」があります。例の声明の賛同者のある方から連絡がありました。そもそもこの声明で「笙野さんの寄稿を阻止したり」する意図はないと。また全ての意見は尊重するし、私が攻撃されたと感じたのなら気の毒であると。さらには今からこの周辺の問題について少しずつ調査しようと思うという内容でした。
以上、物足りない報告かもしれませんが後の結果が全て良いように、禁を破らない範囲でお知らせいたしました。そもそも従来の慣習を考えるとこれは議事録には一部でも残ると思いますので。
栗原裕一郎氏始め、多くの方々にご心配をいただき恐縮しています。
お騒がせいたし失礼しました。