トランス差別者として糾弾されたJ・K・ローリング──5年経って正しかったのはどちらか?

森田 成也

 2020年6月、J・K・ローリングのあるツイートをきっかけに、ローリングは世界中のトランス活動家とそのアライから「トランス差別者」として猛烈な攻撃を受けた。『ハリー・ポッター』シリーズの映画で準主役をつとめたエマ・ワトソンも攻撃者の側に与した。しかし彼女はひるむことなく、女性の権利のために発言を続けた。あれから5年、正しかったのはどちらか。

J・K・ローリングに向けられた「トランス差別者」のレッテル

 まずは次の文章を読んでほしい。

トランスを自認する人々の大多数は、他者にまったく脅威を与えていないだけでなく、私が説明したすべての理由から弱い立場にあると思っている。トランスの人々は保護を必要としているし、保護されるべきだ。女性と同じように、これらの人々も性的パートナーに殺される可能性は高い。性産業で働くトランス女性、特に有色人種のトランス女性は、とりわけ危険にさらされている。私が知っている他の家庭内虐待や性的暴行のサバイバーと同様に、男性から虐待を受けたトランス女性には共感と連帯以外の何ものも感じない。

 これを書いたのは誰か? 著名なトランスアライか? あるいはトランス活動家自身か? いや、これを書いたのは、まさにこの一文を含むある声明文を書いたことで全世界から最悪のトランス差別者として糾弾された『ハリー・ポッター・シリーズ』の作者J・K・ローリングである。彼女は、トランスの人々への配慮と共感を十分に表明しつつ、それでも、生物学的女性には、トランスの人々と同じく守られるべき人権と尊厳があると訴えた。彼女はこの声明を、次の言葉で締めくくっている。

私が求めているのは──そして私が望んでいるのは──、脅迫や罵倒を受けることなく自分たちの懸念を聞いてもらいたいと願ったことだけが唯一の罪である何百万人もの女性たちに、同じような共感と同じような理解がもたらされるようにすることである。

 この声明を出すことになった直接のきっかけはこうだ。2020年6月7日、彼女は、「生理のある人」という言葉を見出しに含む記事を引用したうえで、「”生理のある人”。昔はこの人たちを指す言葉があったはず。誰か教えて。ウンベン? ウィンパンド? ウーマッド?」とツイッター(現X)に書き込んだ。このことがトランス活動家とそのアライたちの逆鱗に触れ、トランス差別者(トランスヘイター)だといっせいに非難された。彼女はそれに答えて、同年6月10日、「セックスとジェンダーに関する声明」を自分のサイトに発表した。先の一文はこの声明に含まれている。だがそれは攻撃を鎮静化させるどころか、攻撃にいっそう拍車をかけただけであった。

 それは文字通り言葉の暴力の洪水となってローリングに襲いかかった。曰く、「J・K・ローリング、私のディック〔「ディック」とは男性器を意味する俗語〕を舐めな(Suck my dick)!」「J・K・ローリング、私のディックで窒息ファックをしてやるよ」。男性器(ディック)を女性への攻撃に用いるのはトランス活動家の常套手段だ。実に「有害な男らしさ」に満ち溢れた行為だが、彼らが自称するジェンダーの多種多様さに応じて、その「ディック」には虹色並みの多彩な修飾語が付されている点だけが、通常の「有害な男」とは異なる。「トランス・ディック」「ノンバイナリー・ディック」などは序の口で、「ジェンダークィア・ディック」やさらには「トランスジェンダー・ノンバイナリー・ディック」のように二段重ねの者もいた。

 まともな人権感覚をほんのひとかけらでも持ち合わせている人間なら、左右問わず、実在の女性に向けられたこのような暴力的言辞に眉をひそめ、批判するか、たしなめるところだろう。せめてできるだけ距離を取ろうとするものだ。だが、主要メディアや著名人をはじめとして、世界中のほとんどすべてのリベラルな人々や「多様性」重視の人々は、J・K・ローリングを攻撃する側に与したのである。

エマ・ワトソンの選択

 その中には、ローリング作品の映画版である『ハリー・ポッター』シリーズのおかげで世界的な名声と巨額の富を得たダニエル・ラドクリフやエマ・ワトソンもいた。ラドクリフは、ローリングのツイートが話題になった直後に手紙を公表し、その中で、「トランスジェンダーの女性は女性です。これに反する意見はどんなものであれ、トランスジェンダーの人々のアイデンティティや尊厳を消し去るものだ」と書いた

 ワトソンも、ローリングの声明が出た直後の6月11日、「トランスの人々は、自分が言うとおりの人たちだし、そのことが絶えず疑問視されたり、そうじゃないと言われることなく生きるに値する」とツイートし、さらにマーメイドなどのトランス推進団体への寄付を約束した。もちろんこの約束は守られた。

 ワトソンはそれだけでなく、2022年3月には英国アカデミー賞授賞式で賞のプレゼンターとして登壇した際、「私はすべての魔女たちのためにここに来ました」と言った直後、口パクで「1人を除いて」とつけ加えた。これはJ・K・ローリングのことを言っているのだと当時大いに話題になり、トランス活動家たちは「よくやったエマ」とはしゃいだものだ。

 しかし、この最初の決裂から5年が経った今日、正しかったのはどちらだったか? J・K・ローリングのことを「トランス差別者」と糾弾した側やそれに与した側だったのか、それとも、トランスの人々の安全と尊厳に配慮しつつも、それでも生来女性の、とりわけ少女たちの安全と尊厳も重要だという主張を譲らなかったローリングか? 答えはほぼ出ていると言える。正しかったのはローリングだ。

5年間の変化

 女性スペースに入り込んだ「トランス女性」による事件の報道は後を絶たず、女子スポーツに参入した女性自認の男たちは生来女性を差し置いて次々と上位を独占した。2022年に全米大学体育協会(NCAA)主催の選手権大会で優勝したペンシルヴァニア大学のリア・トーマス選手の例は有名である。2024年のパリ五輪では、女子ボクシング競技で生物学的男性が金メダルを獲得し、世間を大いに騒がせた(その一人は性分化疾患〈DSD〉であったが、女性を自認する生物学的男性であることに変わりはない)。この5年間は、女性の安全と尊厳が踏みつけにされ続けた5年間でもあった。

 しかし、同時に、世界中でこのことの異常さがますます認識されるようになり、是正の動きも始まり、しだいに急速に広がっていった。ノンバイナリー自称の男を「男性だ」と指摘したことで、自分の所属するシンクタンクを解雇されたマヤ・フォーステイターの裁判で、マヤは一審で敗訴したが、2021年に控訴審で勝利した。ジェンダークリティカルな信念(トランス女性は女性ではないという信念)は民主社会において保護されるに値する思想信条であると認定された。さらに、翌2022年の裁判ではマヤの解雇は思想信条に基づく差別であり不当なものであったと認定され、2023年には損害賠償請求も認められた。完勝である。

 2024年4月には、「キャス・レビュー」と呼ばれる報告書が発表された。正式名称を「子どもと若者のための性自認サービスに関する独立レビュー」というこの分厚い報告書は、「トランス医療」の名でこれまで行なわれた行為(子どもへの思春期ブロッカーや異性ホルモンの投与)に深刻な欠陥と問題があることをエビデンスに基づいて明らかにした。保守党も労働党もこの報告書を受け入れ、その結果、イギリスにおいて18歳未満の人への思春期ブロッカーの処方が禁止された。

 変化はイギリスだけでなく、大西洋の向こう側の同じ英語圏の大国でも起きていた。

 2024年10月のアメリカ大統領選挙で、トランプが地滑り的な大差で2度目の大統領に選ばれ、翌年1月20日に第47代大統領に就任すると、彼はバイデン政権で横行していたトランスイデオロギーの支配に終止符を打つ大統領令を矢継ぎ早に発表した。就任当日に出された「ジェンダー・イデオロギー過激主義から女性を守り、生物学的真理を連邦政府に回復させる大統領令」は、次のようなきわめて力強い言葉で始まっている。

……性別の生物学的現実を根絶しようとする試みは、女性の尊厳、安全、安寧を奪うことで、女性を根本的に攻撃するものである。言語や政策から生物学的性別(sex)を抹消することは、女性だけでなく、アメリカの制度全体の正当性にも破壊的影響を及ぼす。

 大統領令はこう述べたうえで、性別は二つしかなく、それは生物学的な男性(male)と生物学的な女性(female)だけだと宣言した。そしてこの生物学的性別を、大きな配偶子(生殖細胞)を作る性別(女性)と小さな配偶子(生殖細胞)を作る性別という科学的に十分に根拠のある規定にもとづかせた。これは性染色体による従来の区別(XYとXX)より厳密であり、性分化疾患の人にも対処可能である。

 トランプ大統領はその1週間後の1月28日に「化学的・外科的な身体損傷から子どもを保護する大統領令」を発して、18歳以下の子供に思春期ブロッカーや異性ホルモンの投与、外科的に性器の外見を異性のものに近づける不可逆的手術を行なうことへの連邦政府の資金援助、後援、支援等をいっさい禁じた。

 さらにその1週間後の2月5日、トランプ大統領は「女子スポーツへの男性の参加を禁止する大統領令」を発して、女子スポーツに女性を自認する生物学的男性が参加する異常事態に正式に待ったをかけた。

 これらの大統領令の案文を書いたのはもちろんトランプではなく、この数年間、あらゆる攻撃と迫害に耐えながらトランスイデオロギーと草の根で闘って来た女性たちである。彼女らがその集団的知恵と経験に基づいてこれらの言葉を書いたのであり、それを大統領令という法的形式にまで高めたのである。だからそれらは、世界のすべての不屈の女性たちの血と涙で書かれたといっても過言ではない。

イギリス最高裁の判決

 ジェンダークリティカル・フェミニズムの祖国であるイギリスも負けてはいない。2025年4月、イギリスの最高裁判所は、同国の平等法で言うところの「性別」とは生物学的性別を意味するのであり、したがってトランス女性はそこには含まれないとの画期的判決を下した。もちろんこの判決は、トランスの人々が差別されてよいというような判断をしたのではなく、トランスの人々はその自認する「性別」においてではなく、トランスという属性において引き続きその人権は保護されるのである。いずれにせよ、トランス女性は女性ではなく男性であるというごく初歩的な事実が確認されたのである。

 この決定にどれほど多くのイギリス人女性と、そして世界中の女性が喜んだことか! 最高裁判所の建物の前で満面の笑顔でこぶしを空に突き上げている2人の女性の写真が世界中のメディアのトップを飾ったが、その歓喜は世界の多くの女性たちのものでもあった。

 スポーツの分野に関しても大きな変化の予兆が見られるようになっている。例のリア・トーマスの出身大学であるペンシルヴェニア大学は、2025年7月、トランス女性を自認する男性選手の女子競技出場を禁止することでトランプ政権と合意に至った。同年11月には、イギリスの各紙は、国際オリンピック委員会(IOC)が女性を自認する男性のトランスジェンダー選手によるオリンピック女子競技参加を禁止する方向で検討していると報じた。これまではテストステロンレベルを一般男性よりも低い水準(しかし一般女性よりもはるかに高い水準)以下に維持していればいいとされていた。しかし、多くのデータが示しているように、テストステロン値を下げても、男性の骨格は変わらないし、筋肉や肺活量などの水準もさして下がらないことが明らかになったからだ。

 英米だけでなく、その変化は他の国々にも見出せる。たとえば、つい最近の出来事だが、2025年11月にニュージーランドは、若年のトランスジェンダーに対する思春期ブロッカーの新規の処方を禁止する措置を発表した(すでに処方されている人には引き続き処方される)。

ローリングとワトソンの和解は可能か

 このように、5年という歳月が無駄に過ぎたのではないことがわかる。この変化を感じ取ったのか、5年前に恩人であるローリングを裏切ってトランスロビーに精一杯の愛想を振りまいていたエマ・ワトソンでさえ、最近になってローリングとの和解を希望するような発言をしている。「私の意見に賛成しない人にも愛してほしいし、私も必ずしも同じ意見を持たない人を愛し続けたい」と。しかし、ローリングはそのような和解の申し出をきっぱり拒絶した。いつものように、トランス寄りの主流メディアはローリングの心の狭さを責めたが、問題はそんなところにはない。

 和解を云々する前に、ワトソンには、根本的に誤ったイデオロギーに安易に与して、反民主主義的で反科学的な動きを煽り、多くの子どもたちを不必要でしばしば不可逆的な「治療」に追いやる手助けをしたこと、等々を反省しなければならない。もし彼女がそうしていたならば、ローリングは5年前の以前の時期よりもいっそう深い愛情で彼女を暖かく抱擁したことだろう。

 そのせっかくの機会は逸せられた。それは再びやってくるだろうか? それは今後、この没落しつつあるトランスイデオロギーの抵抗力とワトソンの勇気しだいだろう。この日本で見られるように、このイデオロギーの生命力はまだまだ健在である。2人の和解は、それが本当に完全に破綻しきって歴史のゴミ箱に放り込まれる前に、ワトソンが自力でこのイデオロギーの迷妄から脱出することができるかどうかにかかっている。

(2025年11月22日)